掃苔

2009年02月18日

新井洞巌の墓4

南画家「新井洞巌」の墓は群馬原町駅の北方300メートル付近にありましたが、現在は原町宿の寺院境内墓地に改葬されています。


新井洞巌の墓
新井洞巌の墓


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2009年01月27日

木村卓堂の墓

薩摩藩出身の浪人で、大塩平八郎や佐久間象山に学んだ後、 原町で塾を開いた徂徠学派の儒学者です。 お墓は東吾妻町原町の寺院墓地にあります。

写真1



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2007年06月22日

頓宮基雄の墓

下の写真は頓宮基雄(とんぐうもとお)海軍機関大尉のお墓です。大尉のお墓は東山墓地と隣接する平井山墓地の二ヶ所にあります。

頓宮基雄の墓(平井山)

平井山の墓(写真右)

頓宮基雄の墓(東山)

東山の墓(墓誌に名あり)

頓宮基雄氏は大正3年海軍大尉に任官し、厳島分隊長となります。大正5年航空隊に編入され、同年3月20日、東京の上野公園で開催された海の博覧会の開会式会場の上空を展示飛行しますが、その帰途、芝明舟町の人家に墜落し亡くなっています。

芝明舟町は現在の港区虎ノ門二丁目3〜9番地にあたります。



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2007年06月15日

津田弘道の墓

半田山の浦上家墓地のすぐ上段に津田弘道の墓があります。

津田弘道墓所

津田弘道は幕末の岡山藩を代表する人物の一人で、維新後は官吏として佐渡鉱山長や大審院判事等を務めています。

津田弘道の墓

岡山はもともと市内の寺院墓地ではなく郊外の山裾の墓地にお墓を建てているので、戦災の被害も少なく、都市開発の影響も受けていないので、一族の墓が多く残っているようです。



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2007年06月13日

片山正重の墓

浦上家の墓に隣接して岡山藩に仕えた和算家の片山正重(号静窓)の墓があります。

片山家墓所

片山家墓地

幕府天文方渋川景佑のもとで天文学を学び、幕府が実施した天保の改暦では岡山藩の命で改暦御用を務めています。

片山正重(号静窓)の墓

片山正重の墓



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2007年06月11日

浦上玉堂夫人の墓

昨日紹介した浦上家の墓から北に少し行ったところに、浦上玉堂夫人(市村安)と成田充美夫人(浦上玉堂長女の之)の墓が並んであります。

市村安・浦上之の墓

両夫人とも碑文が刻まれており、ともに岩手県出身で松前藩に仕えた大原呑響の撰文になります。浦上玉堂夫人の墓は長子で画家として有名な浦上春琴が建てたものですが、春琴が母親をとても大切にしていたのが十分伝わってくる半田山屈指の名墓です。



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2007年06月10日

浦上秋琴の墓

半田山墓地の東端最頂部に近いところに鴨方池田家に仕えた浦上家の墓があります。

浦上家の墓

下の写真は幕末の画家で会津藩に雅楽方として仕えた浦上秋琴の墓です。隣には「浦上玉堂春琴秋琴三先生胎髪之碑」があります。

浦上秋琴の墓

浦上家の墓があるあたりは半田山墓地でもいちばん見晴らしのいいところで、ここから北方向にかけて名墓のオンパレードになります。

 



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2007年06月09日

半田山墓地(岡山市)

下の写真は岡山市中心部から北に3キロほど行ったところにある半田山墓地です。周辺には岡山理科大学、同附属高校、半田山植物園、岡山大学津島キャンパスなどがあります。

半田山墓地1


半田山の南側斜面に沿って多くの墓が建てられています。道は迷路のように入り組んでいるため、ひとまわりするのも一苦労です。

ここにも東山墓地同様、江戸時代の墓が多く残っています。その多くは墓地上部の景色のいいところに集まっています。

半田山墓地2

半田山では40人ほど人名事典に出てくる人物の墓を確認できました。半日程度しか時間をかけることができなかったので、何人か確認する事ができませんでした。また一度機会を作って訪ねて見るつもりです。



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2007年06月08日

瀧川辰政の墓

岡山市小橋町の国清寺の墓地は、戦前は本堂の西と東にありましたが、戦後の区画整理で、西側の墓地の多くが東山墓地に移転しています

写真1

東山墓地には岡山藩に仕えた上級武士の墓が移転しています。この中に瀧川一益の子といわれる瀧川辰政の墓があります。

写真1

瀧川家墓所

写真2

瀧川辰政の墓



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2007年06月02日

不受不施派御先師御墓所(岡山市平井)

今日は平井にある不受不施派御先師御墓所です。

場所は昨日紹介した桜橋の御先師御墓所のすぐ近くになります。

ここには幕末の僧侶、勇猛院日義のお墓があります。

勇猛院日義の墓

日義聖人は江戸時代禁制にされていた日蓮宗不受不施派を再興するために、岡山藩主池田茂政に直訴しますが、捕らえられ投獄されます。牢獄で拷問を受け、4ヶ月ほどして獄死しています。



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