長崎県長崎市飽之浦町
探訪日:平成14年1月18日
旧・三菱合資会社・三菱造船所鋳物工場木型場。明治31年7月竣工。安政4年幕府が艦船造修工場として長崎溶鉄所を建設したときから現在にいたるまでの資料を展示しています。
長崎造船所の正門前に長崎製鉄所跡の石碑があります。
静岡県沼津市三津浄因寺
探訪日:平成15年3月19日
寛永6〜貞享2。臨済宗の僧、俳人。美濃の生まれ。諱は梵千。俳号は幻吁。沼津市三津浄因寺の七世住職。延宝4年鎌倉円覚寺の第164世住職。榎本其角の師として知られる。其角編の「虚栗」に三句入集した。松尾芭蕉は「野ざらし紀行」の途上で、大顛和尚の訃報を聞いて弔句を詠んでいる。其角が後年編集した「続虚栗」にも二句が入集している。
浄因寺境内には大顛和尚のほか芭蕉や其角の句碑が建ち並ぶ。
梅こひて卯の花おがむ温かな
三日月の命あやなし闇の梅
礼者門を敲くしだくらく花明らか也
静岡県沼津市口野
天明元〜安政3。国学者。薪廼屋と称す。本居大平のもとで、国学・和歌を学ぶ。竹村茂雄と親交を結び、歌会活動を行う。師大平を訪ねた旅日記「旅の記」が現存する。
静岡県沼津市長浜
安政4〜昭和8。ロシア正教徒で教育者。明治9ニコライ(のちの大主教)から受洗。正教女子神学校学監兼教授、校長。
ほぼ向かいに漁業家「大川四郎左衛門」家歴代の墓所あり。
静岡県沼津市内浦三津
明治20年、同地に創業した老舗旅館です。ここで太宰治が「斜陽」の第一章と第二章を執筆しています。
平成十二年、松棟(大正7年建)と月棟(昭和6年建)が国登録文化財に登録されました。
玄関前に「斜陽」の文学碑があります。
静岡県沼津市内浦
明治4〜大正9。ロシア正教徒・神学者。洗礼名テモフェイ。正教神学校教授。正教会発行の雑誌「心海」編集などに関わり、同誌に数々の論文を発表しています。明治39年にロシアのニコライエフスタの島田商会に勤務する。大正9年同地で発生した日本人居留民虐殺事件(尼港事件)でパルチザンによって虐殺されています。同墓地には関家の墓が多数点在しますが、後北条草創の功臣、相模十四家の一つ関氏の末裔みたいです。
静岡県沼津市 西浦
沼津市指定有形文化財(建造物)に指定されています。現在の頼政堂は高崎藩主松平輝貞が元禄十一年に修復・建立した物です。
頼政堂の裏山に菖蒲塚、さらにその上に源頼政の供養塔があります。
菖蒲塚
供養塔
静岡県沼津市西浦久連
探訪日:平成15年3月19日県道沿いに立っています。碑には内村鑑三追憶の辞より抜粋した一文が刻まれています。渡瀬寅次郎は明治から大正時代の教育者で東京中学院(現関東学院)の初代院長として知られています。お墓の場所はわかりませんでした。
静岡県沼津市西浦江梨
探訪日:平成15年3月19日駿河湾に突き出した半島で海越しに見える富士山は日本一といわれています。一番の見所は国の天然記念物に指定されているビャクシン樹林でしょうか。ほかに与謝野鉄幹歌碑、鈴木繁伴屋敷跡、大瀬神社、大正天皇参拝記念碑、大瀬神池(伊豆七不思議の一つ)があります。
ここから折り畳み自転車で静岡一周史跡めぐりスタートです。(伊豆半島は二年前にまわっています。)
サイト開設して数年たちますが、当初予定していたカテゴリを作ることがなかなかできません。
これまで私が回った史跡についてブログを使って紹介していきます。
日本掃苔録ともどもよろしくお願いします。